フランス修行物語4
フランス修業物語
第四話
これは一人の若き料理人キリィが初めての外国、いや飛行機に乗るのも初めてという田舎者が繰り広げるおかしく笑える料理修業のお話です。
●パリから3時間、フランス第2の都市リヨンと港町マルセイユの
中間にあるコート・ドゥ・ローヌ地方のヴァランスという街から
車で30分のポンドリゼールという村にある
【レストラン・ミッシェル・シャブラン】で働き始めて3日が経ちました。
大きなローヌ川が流れるこの村には、美容院と郵便局、
スーパーマーケットにたばこやが一軒というド田舎です。
こんな村でお客が来るの?と思っていたキリィでしたが、
毎晩、満席でメチャクチャ忙しのです。
フランスには、ヴァカンスという習慣があり、みんな夏は南仏で過ごします。
そして今は、8月、まさにその始まりで、南仏へ向かう国道沿いのこの店は、
この季節が一番の稼ぎ時なのです。
「こりゃ、日本人の手も借りたくなるわ」。
肉料理担当は、ジョージというフランス人と二人、
しかしあと一週間で彼は辞めてしまうのです。
そして今のキリィにとって神のような存在で日本語で会話できるアオも
一ヶ月後にいなくなります。
だから必死、もう無我夢中で仕事に取り組みました。
でも忙しいけど、とても楽しい、見るものやること始めてのことばかり、
そして何より調理場の自由で伸び伸びした雰囲気がうれしいのです。
理解できないけどジョークでいつも笑い声が聞こえる、
日本では、いつもシェフからのプレッシャーで息苦しく、
私語も一切禁止です。
でもここは、何も言われないし(言われても理解できませんが)
任せた仕事は、とことん任せてくれるので毎日がとっても充実していました。
だからこの肉料理のポジションをひとりでやっていく不安より
「ひとりでやれる喜び」のほうが大きいのでした。
しかしなぜ日本での経験も少ない彼が、いきなり異国の地で任せられ、
そして実際に作ることができているのか・・・それは、
調理レベルが低かったのです。
それだけ、東京のレストランのレベルが高いということが言えます。
日本人は、とても真面目です、先輩方は、フランスで本場の技術を学び
日本に帰って必死にやってこられた、
だから厳しいし半端なものは出せない、
そんな重い雰囲気が調理場にも充満しています。
●そんな楽しい雰囲気で働いていましたが、やはり悩みはありました。
ひとつが言葉の壁で、コミニュケーションが取れないのは
やはりツライ!!
そしてもうひとつが従業員用の食事です。
レストランですから、日本でもそうですが自分たちで作ります。
その店のシェフの考え方にもよりますが日本では見習いの若い人が
勉強のため作ることが多いのですが、
ここでは肉料理担当が作ります、
つまり毎日昼夜、キリィが作るのです。
なぜか?それは、食事のほとんどが、肉だからです。
魚は、高いしめったに食べません。
フランス人が食べるフランス料理を
毎日、違うものを考えないといけないから大変です。
豚などは、安いので従業員用に一頭まるごと買ってきます。
「ハイ、明日用の肉」とその豚を見たときは、目が点です。
従業員用だけでも一五人分、
そしてオーナーの奥様家族が3人分、
オーナー家族が二人分です。「アレ??おかしい」と思いました?
実は、オーナー夫妻は、離婚していて高校生の娘二人と奥様が
そのレストランの二階に住んでいて
オーナーのシャブラン氏は、二十歳下の奥様と生まれたばかりの
ベビィと違う場所に住んでいたのでした。
この、ありえない状況に
カルチャーショックを受けたことは言うまでもありません。
つづく。
2012/01/30




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