フランス修業物語
第一話
これは一人の若き料理人キリィが初めての外国、いや飛行機に乗るのも初めてという田舎者が繰り広げるおかしく笑える料理修業のお話です。

●ここは、東京のど真ん中、六本木の高層ビルの中の
全日空ホテルのフレンチレストラン「ローズルーム」の調理場です。
その一流フレンチのシェフ楠見に呼ばれてやってきたキリィは、
初めて見る本物のフランス人を前にただただおじぎをして愛想笑いするだけです。
1988年、26歳のキリィは青山の小さなレストランでアルバイトをしていました。
専門学校を卒業し大きなホテルに就職したもののフランス料理の一流シェフを
目指して街場のレストランへ移ったのですがあまりの厳しさと
給料の安さ(4万円ぐらい)に挫折してこれからの生き方に悩んでいる頃でした。
シェフ楠見は、フランスの三ツ星レストランで長く働き、帰国後キリィが就職した
最初のホテルの先輩でフランス語はペラペラで料理の腕も凄いという
彼にとってあこがれの存在でした。
そのシェフ楠見が東京の最先端ホテルのフレンチレストラン料理長に就任したのです。
そしてフランス二つ星レストラン「ミッシェル・シャブラン」からオーナーシェフを招き
特別ディナーのフェアーを開催していました。
以前からフランスへ行きたいと言っていたキリィを何とそのフランス人シェフに紹介してくれたのでした。
「おい、働かせてくれ!と頼めよ」ニヤニヤしながらシェフ楠見はキリィに言っています。
しかし緊張のあまり「ウィー」という意味不明なフランス語を連発するばかりです。
結局、シェフ楠見が話をつけてくれて今年の夏から来ていいということを約束してくれました。
なんと突然フランス行きが天から降ってきたのです。
うれしさと不安でその後どうやって家まで帰ったかも覚えていません。しかし彼は、気が付きました。
「えっ!!今五月だからもう二ヶ月しかないがや―それに俺、
フランス語しゃべれんでー」
次の日には、会話教室に通いはじめたことは言うまでもありません。
そして ついに
●1988年7月30日、生まれて初めて
飛行機という乗り物に乗り成田空港から
大韓航空でソウル=アンカレッジ経由で20時間かけてパリに向かい、
そしてフランス人の口約束ほど当てにならないことを
思い知らされることになります。
2011/11/01